ボカロ曲を小説化したやつって読んだことありますか?
私はないです。ボカロも小説も好きなんですけど、ボカロ原作の小説って別に面白そうじゃないので…。
昨年2024年の記事で、ブックサンタに参加してボカロ小説を贈った話を書きました。
ブックサンタは子どもたちに本を届けるチャリティー活動です。
選んだ理由などは上記の記事に書いていますが、「テレキャスタービーボーイ」の小説版を贈りました。
ボカロ小説が面白いだろうと思って選んだわけではないのですが、食わず嫌いも良くなかろうと思い1年越しに小説版の「テレキャスタービーボーイ」を読んでみました。
この記事は、ボカロリスナー presents Advent Calendar 2025の18日目の記事です。
前日17日目の記事は明瞭ふあんさんによる、ジグさんの「レントリリー」の変化の考察でした。
ボカロリスナーアドカレには毎年「ボカロファンも知らないボカロ」的なテーマで参加しています。
基本情報
タイトル:テレキャスタービーボーイ
著者:すりぃ
イラスト:coalowl
出版社:KADOKAWA (MF文庫J)
発売日:2024年2月24日
定価:本体680円+税
他のボカロ小説と比べると、著者がボカロP自身であるのが珍しいですね。
表紙イラストは原曲のlong ver.のMVも担当しているcoalowlさんです。
口絵部分にカラーイラストがある他、モノクロの挿絵も5ページくらいありました。
あとがきの内容から推測するに、「曲ができる→MV発注に当たって想定ストーリーを伝える→MVが作られる→MVの内容を元に小説化」(曲の小説化ではなくMVの小説化)みたいな流れで作られたのかなと思いました。
元々、楽曲だけで伝えたいことを全部描くつもりではなく、あえて歌詞には輪郭をぼやけさせた言葉を入れて、映像と合わさって初めて完成する作品にしようと考えていました。
(中略)
小説化するにあたって、再度MVに登場するキャラがどのような環境で、どのような問題に直面し、どのように立ち向かっていったのかを自分なりに咀嚼して、その世界を広げたつもりです。
初版発行は2024年2月ですが、私が2025年12月書店で購入したものは第7版(2025年8月発行)でした。重版されるぐらいには売れているようです。
主な登場人物(ネタバレあり)
ここからは、買って読む気はないけど内容は気になる、という人向けにネタバレ込みで小説の内容を紹介します。
風間楓月
17歳、高校2年生、男
(→性別違和を抱えた人物が登場するのですが、ここでは生物学上/戸籍上の性別で記載します)
本作は2人の主人公の視点で交互に話が進んでいくのですが、その主人公のうちの1人です。
可愛いものが好き、男らしさを求められるのが嫌い。
軽音楽部に所属していて、ギターを担当している。
MVでいうと、2番で登場するこのキャラです。

花山飛鳥
20歳、保育の専門学生、女
就職に向けて保育園での実習などをやっているが、高校時代にやっていた音楽の道が諦められない。母親からは普通に就職して普通に結婚することを求められているが、恋愛感情が分からない。
高校時代の軽音楽部ではギターをやっていた。
MVでいうと、1番で登場するこのキャラです。

風間真波
楓月の姉、飛鳥の高校時代の先輩。
作中では楓月と飛鳥をつなげる役割を担う。
軽音楽部ではドラム担当。
羽鳥麗華
楓月の同級生。
軽音楽部で楓月とバンドを組んでいて、ベース担当。
→ここまでの4人でバンドを組むことになる。
楓月…ギター、作詞
飛鳥…ギターボーカル、作曲
真波…ドラム
麗華…ベース
渡辺さん
楓月のクラスメイト。
最終的に楓月と付き合うことになる。
相関図
他にも登場人物はいますが主要なところは上記のような感じです。
下手な相関図も作ったので見てってください。

緑色の枠の3人で軽音楽部内のバンドを組んでいたのですが、作中で楓月が飛鳥を誘って赤色の枠の4人でバンドを組みます。
元々ドラムでいた金山のポジションが姉の真波に奪われちゃうじゃん、という感じですが、金山はあんまり真面目にバンドしたいわけじゃないらしいので良いみたいです。
あらすじ(ネタバレあり)
4章に分かれているので箇条書きでネタバレ込みのあらすじを紹介します。
1章
- 楓月:楓月は同学年の麗華と金山と軽音楽部でバンドを組んでいる。
小学校時代に、女子っぽい趣味嗜好を笑われたのがトラウマ気味。 - 飛鳥:飛鳥は保育の専門学生。同級生は実習先を就職先として意識しているが、飛鳥は実習には行くものの就職するかは迷っている。母親には普通に就職して普通に結婚することを求められていて相談できない。
- 楓月:体育の授業でバスケをするが運動が得意なクラスメイトに邪険に扱われる。気分が悪くなり保健室へ。男らしさを求められることに悩む。
- 飛鳥:高校時代の先輩の真波と久しぶりに連絡を取り食事に行く。保育士として働いている真波に就職先や、音楽のことを相談する。好きなバンドのライブを見に行く約束をする。
- 楓月:保健室に渡辺さんがカバンを持ってきてくれる。渡辺さんに魅力を感じる。
- 飛鳥:好きなバンドのライブに真波と一緒に行く。音楽ともう一度向き合ってみようと決める。
- 楓月:楓月も麗華と一緒に同じライブを見に来ていた。ライブ後の帰り道に酔っぱらいに絡まれてしまう。そこに真波と飛鳥が来て、飛鳥が酔っぱらいに言い返す。楓月と飛鳥は使っているギターが2人ともテレキャスターである共通点で会話が弾む。
2章
- 飛鳥:久しぶりにギターをクローゼットから取り出し弾く。母親には小言を言われる。父親は音楽に対し肯定的。
- 楓月:渡辺さんと音楽の話をする。体育ではプールの授業が始まるが男子のノリについていけない。家に帰ってモヤモヤした気持ちを真波に打ち明ける。自身の性別に違和感があったけど異性の渡辺さんが気になるこの気持ちは…?真波から、同じく性別についての悩みを持っている飛鳥なら相談に乗れるかも知れないと伝えられる。
- 飛鳥:髪をベリーショートに切る。真波からの頼みで楓月と2人で話すことになる。性別についての悩みを聞く。音楽の話になり、YouTubeにオリジナル曲を投稿することを勧められる。
- 楓月:軽音楽部で他校との合同ライブに参加する。バンドメンバーの金山と音楽に対する温度感が違うことを察する。
- 飛鳥:YouTubeに弾き語りカバー動画を何本か投稿する。1000再生を越える動画が出てきたりチャンネル登録者が100人に達したりする。高校時代ぶりに「これから」というタイトルのオリジナル曲を作り投稿し、保育の実習に行く。
- 楓月:合同ライブ後に通知で「これから」の投稿を知る。感動し、バンドを組まないかとその場で連絡する。
3章
- 飛鳥:ベースの麗華、ドラムの真波も含め4人でバンドを組む。1月に開催される大会形式のライブへの出演を目標にする。ライブの尺のために飛鳥が作曲、楓月が作詞でもう2曲オリジナル曲を作ることになる。「これから」は3万再生され、称賛のコメントに混じってアンチコメントも付くようになる。
- 楓月:夏休み明け、文化祭では演劇をやることになる。楓月のクラスではオズの魔法使いをやることに決まり、渡辺さんと楓月で台本と舞台監督を担当することになる。渡辺さんと連絡先を交換し、休日に渡辺さんのギター選びに楽器屋に行くことになる。
- 飛鳥:「これから」のショート動画が50万再生される。友人の誕生日祝いで居酒屋で飲んでいると、YouTubeに曲を投稿しているという男性2人組が声を掛けてきて路上でコラボライブをすることになる。
- 楓月:渡辺さんと楽器屋に行き、初心者用のテレキャスターのセットを選ぶ。その後カフェでオズの魔法使いの台本の相談をする。話の流れで飛鳥たちと組んだバンドの名前が「花鳥風月」(花山飛鳥・羽鳥麗華・風間真波・風間楓月に含まれる漢字)に決まる。
- 飛鳥:路上ライブの様子が拡散され、「これから」のショート動画は300万再生になっている。レコード会社からメジャーデビューの打診の連絡が来て話を聞くことに。シンガーソングライターでのデビューを前提に話が進むが、バンドとして所属することができないか確認するとそれは断られる。契約をどうするかは持ち帰り検討することに。
- 楓月:2曲目のオリジナル曲「君と僕と乱反射」が完成しスタジオで合わせた後、飛鳥は事務所所属の話をメンバーに打ち明ける。他の2人は喜ぶが、デビューとタイミングが被ってしまうためバンドでのライブ出演は別の機会とすることを告げられ、裏切られたと楓月は憤る。
学校では文化祭の準備として演劇の稽古が始まる。オズの魔法使いに出演予定だった男子生徒が怪我により出演できなくなり、代役として楓月が臆病なライオン役を務めることになる。出演を渋る楓月は「男らしくない」と言われその場から逃げ出す。 - 飛鳥:両親に、動画サイトで弾き語り動画を上げたらバズったことやレコード会社との契約の話を打ち明ける。母親は音楽で成功できるわけがない、普通に就職するべき、恋愛感情がないのは病院で治してもらうべきと言い契約書を破り捨てる。飛鳥は家を飛び出し知らない道を彷徨った末に、家に戻り再度母親に気持ちを伝えようと決めたところで車に轢かれる。
4章
- 楓月:演劇の稽古から逃げた後で真波から飛鳥の事故の話を聞き病院へ。バンドでの喧嘩が原因だと自分を責める楓月に対し、両親は自分たちのせいで家を飛び出したのだと伝える。翌日学校に行き昨日からかってきた男子とお互いの価値観の話をする。稽古後、渡辺さんに告白し付き合うことになる。
- 飛鳥:事故から3日後に病院で目を覚まして母親と仲直りする。
花鳥風月での初ライブの日になる。レコード会社への所属は保留とした。ライブでは3曲を演奏するため、「これから」と「君と僕と乱反射」以外の曲を1曲目に演奏することに決める。出番になりステージに上り、1曲目の「テレキャスタービーボーイ」の演奏を始める。
原曲との関連
ボカロ原作の小説ってどういうのなんだろうと思っていたのですが、原曲の要素は小説内に以下のように反映されていました。
タイトルの「テレキャスタービーボーイ」
テレキャスターとはギターの種類の名前です。
作中では楓月と飛鳥が愛用しているギターとして、それから楓月とギター選びに行った渡辺さんが購入するギターとして登場します。
また「テレキャスタービーボーイ」自体が小説の最後にバンド「花鳥風月」のオリジナル曲として登場します。この曲は飛鳥が作ったメロディに楓月が歌詞をつけた曲で、「疾走感があって初っ端でお客さんの心を掴むにはもってこい」「サビの歌詞がキャッチー」として表現されています。
MVの登場人物
原曲のMVには男装をする女子と女装をする男子が描かれますが、これが小説の主人公の飛鳥と楓月のようです。小説の表紙にもなっていますね。

他に、MVに登場する謎の生物も麗華がベースのケースに付けているストラップのキャラクターとして登場します。「髭うさぎ」と呼ばれていましたが、何のキャラクターなのかは麗華も覚えていないそうです。

ちなみに髭うさぎのストラップは「楓月の方が似合ってる」「楓月の味方になってくれるよ」などと意味深なことを言われ楓月に渡されますが、それ以降特に登場することはありませんでした。
登場人物の名前
登場人物の名前は歌詞から取られていそうです。
- デジタル信者が祟った 少年は風になって
→風間楓月
- 人生論者が語った 少女は鳥になって
- 毒針持ったように歌った 少女は花になって
→花山飛鳥
歌詞の「デジタル信者」
歌詞は正直ふわっとしているのでどこも小説の内容と関連している気もするししていない気もするという感じです。
ですが明確に歌詞モチーフのシーンだなと分かるのが「デジタル信者が祟った」の部分です。
歌詞だけ見た時はインターネットの野次馬的な話をしているのかと思いましたが違いました。
文化祭のスローガンが「~アナログ的な繋がりを~」というもの(リアルなコミュニケーションが希薄化しているので文化祭はみんなで話し合って作り上げましょうとのこと)なのですが、楓月が演劇の代役から逃げ出したシーンでこのスローガンが目に入ります。
そこで楓月が「学校のみんなは男子か女子かのみで、その間の無数の存在を省いている。まるでデジタル信者だ」と考える部分で登場します。
ネットとかテクノロジー的な話ではなくて、男女の二元論で語ることを0と1のデジタルに喩えた表現だったんですね。
感想
総合的には、思ってたよりも面白かったです。
私は本業が小説化の人以外が書く小説(あとライトノベル)のことを舐めているのですが、ボカロPがそのまま小説も書いていることを考えれば「ふーん、まあやるじゃん」とはなりました。
思春期青春小説としてテーマはしっかりしていたと思います。
すりぃさんファンならぜひ読むと良いと思います。
音楽関連の描写が充実
音楽関連の描写は充実していました。すりぃさんの実体験が反映されているのだろうと思いました。
ギターを選ぶシーンのギター選びの考え方、ギターを演奏する際のコードやフレーズの話、軽音楽部での先輩との関係やバンド結成事情、ライブ出演の仕組みや裏側の描写、ライブシーンの音楽の表現など…。
弾き語り動画を上げてみたら割と簡単にバズるのはリアルかは分かりませんが、そういうケースもなくはないだろうと思います。
あと保育の専門学校や保育園の実習の描写も謎に充実していました。考えてきた活動内容を4歳児クラスで実践して担当の先生からフィードバックを受け取る様子に12ページ割かれていたりもしました。
性別の悩み…?
楓月と飛鳥はお互いに性別に関する悩みがあるという共通点で交流を始めるわけなのですが、言うほど性別で悩んでいるか…?
例えば性別の悩みを抱えている読者が共感を求めて読んだら拍子抜けする気はします。
楓月は可愛いものが好きで気が弱いだけ、飛鳥に至っては真波が楓月に引き合わせる際に「同じ悩みを抱えている」として紹介されるだけで性別で悩む様子は特になく、気が強くて恋愛に興味がないだけのように見えます。
飛鳥の悩みの中心は母親との折り合いが悪いことが中心でした。
ちなみに渡辺さんは中学時代に女子と付き合っていたそうです。
楓月も飛鳥も恋愛対象が同性だとしなかったのは”デジタルに”しないという意味で良かったと思いますが、特別性別で悩んでいるという感じもせず「普通の思春期」という感じでした。
冒頭の描写が耐えられない
冒頭数ページが私には合わなくて、まさにイヤなライトノベルという感じで、本当に読むのやめようかと思いました。
ブログにしたいからと読み進めたら以降は大丈夫でした。冒頭とそれ以降で執筆期間が空いたんですかね?
楓月が登校するシーンから始まるのですが、麗華が話し掛けてきて「こいつは羽鳥麗華。」的なフルネーム紹介になります。クラスの他の男子には素っ気なくしているけど主人公とは仲が良い。
軽口を叩きながら歩いていると後ろから島田なる男子がやってきて「あらあら、お二人さん。また一緒に登校ですか?」(原文ママ)「二人は付き合ってどれくらいなんですか」(原文ママ)「もうキスはしたのか」(原文ママ)などと茶化してきて、そんなんじゃないしとなる展開があります。
ちなみに楓月はその後渡辺さんと付き合うことになるので、麗華とは本当にそんなんじゃなかったです。
楓月こんな歌詞書くか…?
「テレキャスタービーボーイ」という曲は作中では花鳥風月のオリジナル曲となっています。花鳥風月では飛鳥が作曲を、楓月が作詞を担当しています。
楓月が作詞を担当した曲として他に「君と僕と乱反射」の歌詞が出てくるのですが、こちらはしっとりして寂しい雰囲気の歌詞です。
対して「テレキャスタービーボーイ」の歌詞は、「ありのままの自分を愛してくれよ!」という攻撃的な歌詞だと思っています。
作中の「テレキャスタービーボーイ」がすりぃさんの曲と同じものだとすればですが、楓月が書くような歌詞のようには思えませんでした。
別に悪くはないですがタイトル回収のための演出だなと思いました。
小説自体の内容としても、歌詞を物語にしたというよりも、MVの登場人物を物語にした感じで、歌詞とのリンクはそこまで感じませんでした。
coalowlさんのイラストが良い
coalowlさんのイラスト好きなので表紙以外に口絵や挿絵もあって嬉しい~!
ラノベによくある所謂萌え絵的なイラストじゃないので外でも読みやすいと思います(萌え絵的なイラストが嫌いな訳では無いですが小説の表紙としては手に取りにくいと思っています)。
#coalowl展 見てきました。 pic.twitter.com/E9ZFxwhWAA
— 井上春 (@haru1noue) November 4, 2025
まとめ
ボカロ小説ってこんな感じなんだなと思いました!n=1ですが、カゲプロすら通ってきていないので初めてのボカロ小説でした。
これで食わず嫌いではなくなったので良かったです。
すりぃさんが小説について話しているインタビュー記事も置いておきます。


ちなみにブックサンタでボカロ小説を贈りつける活動は今年もやりました。
今年は「オーバーライド」(原曲:吉田夜世、著者:人間六度)にしました。読んでません。
ボカロの小説って面白くないでしょと思いながらブックサンタでボカロの小説贈る活動完了した
— 井上春 (@haru1noue) December 7, 2025
今年はオーバーライド(あと面白さの中和で伊坂幸太郎のジャイロスコープ)にしました pic.twitter.com/rnjerPmkSn
ブックサンタ用の小説として、思春期の悩みを描いた「テレキャスタービーボーイ」は割と適していたかも知れません。
全国の子ども達に自分の趣味の本を贈って読ませられるブックサンタ、みなさんもボカロ小説を贈りつけてみてはいかがでしょうか。






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